いざ長文を書こうと思ったら、誰でも400文字の原稿用紙以上の文量なんて簡単に書ける。今じゃ携帯はスマホですから、ガラケーより簡単。
・・・って言っても、詠み人知らずだけど、
「論文の長さはスカート丈の長さである・・・」
「論文」でさえ”長たらしく書くな”って言われるんだし・・・
いざ長文を書こうと思ったら、誰でも400文字の原稿用紙以上の文量なんて簡単に書ける。今じゃ携帯はスマホですから、ガラケーより簡単。
・・・って言っても、詠み人知らずだけど、
「論文の長さはスカート丈の長さである・・・」
「論文」でさえ”長たらしく書くな”って言われるんだし・・・
全く持って、お金がどれだけあるか、
もしくはないか、じゃないです。
自宅のPCを置いている机に向き合っている時間の数が少ないほどに、それは人間ではなく馬車馬にさせられていることなので、それだけ馬鹿になるものだと痛感しています。
敢えて何かに取り組む必要はありません。
そんなことより、寝転がる時間、やめましょう。
これまでの職務でもそうだったでしょう。
だって、全ての職務は、
こき使うシーン以外は、何も聞いてきませんから。
これは私が遥か22年前に聞いた一行のセリフ。
預金通帳なしにどこにお金を置いておくのよ?わずかな金額でも、銀行引き落としがあるはずでしょう?とも思っていた。
肉体労働者は、賃金を得たら、一晩で稼ぎは遊びで消えると。
酒を飲み、女遊びに出向き・・・
・・・としても、かなりの金額を費やすことになることだから、
それだけ、その後の「将来設計」が、なかったのだろう。
その時だけ良ければいいような感覚だと読めはするが、
本人から能動的にそうした、というより、
そういう人の多い群れの中で、流されて行った、
と言っても、語弊はないだろうか。
かれこれ数年以内に、肉体労働には、私から従事することには身体的限度を超えていて、逃げ出すかのように、一切引き受けなくなった。
労働者の扱い方は、そのまま金銭感覚に一直線。
その作りの骨格だけは、把握する必要があると思い、ここに記した。
SNS、掲示板、今ではYoutubeも、通知をどんどん遮断しているのがここ最近です。
Amazonや楽天で、買わないのに「みてるだけ」でいい空間で、デトックスしていませんか?
わたしです。
「伊勢佐木町ブルース」の3番の歌い出しです。
登場人物の男であろう人物は、もはや伊勢佐木町付近に暮らしているんだろう。
私はかれこれ九州は大分県から片道切符でやってきて、
東京23区を約14年ほど転々として、その後横浜に移ってきて、
仕事のご縁に応じて、横浜市内でも住まいを度々移っている。
もう、自分の人生の終焉に至るまで。
東京23区内ではなく、
九州の温泉街でもなく、
港ヨコハマ、なんだろう。
この楽曲は、1番の歌詞の歌い出しも、突き刺さる。
「あなた知ってる 港ヨコハマ」
以下、個人的な妄想と解釈です。
「あなたは港ヨコハマを、知っているか」
その歌詞が、何度も自分をヨコハマから留まらせるような、力になっている。
縦社会にも横社会にも、
馴染めずに浮ついているでしょう?
今も含んだここ数年以内の職務経歴の、
その内側での立ち回り、
たいていそういう位置でしょ。
もうそれで生きていこうよ。
そういうポジションだよ。
進学高校中退、お手帳2級。
これが私の経歴です。
自宅のノートパソコンはWindows10からアップグレードできないCPUの世代のものです。
Lenovo製のThinkPadで、キーボード入力がとてもしやすいので、多少のセキュリティリスクを承知で、そのまま何ヶ月かだけ延命的な措置を施しながら使おうかなって思っています。
近年のノートパソコンでは、Enterキーが小さくなってしまっているモデルが増えてきて、それも時代のトレンドなんだなぁってつくづくしみじみ、感じています。
gravityというSNSで、「東京」を乱雑な指示語で書いて笑いを狙ったはずなのですが、「いいね!」の反応しかありません。
しかし、どこかで、望んだ通りになっています。
読んだ人が手元でクスっと笑えるようなことを綴れることが大事ですから。
会社の帰り道、東京駅から東海道線に乗った時に聞こえてきました。
JRの時刻表を調べてみると、
列車番号1941Eの、
高崎駅を19時07分始発で、
東京駅に21時02分に停まり、
横浜駅に21時30分に停まり、
最終的には、伊東駅に23時28分に到着だそうです。
伊東は、都心部のJR車内に掲示されている路線図の、一番端を見ればあるような位置。
その伊東駅の23時28分の景色って、どうなっているんだろう・・・